「こころの休憩室」


九州歴史発見シリーズ
九州から本能寺の変を考える(8)


明智光秀は本当に日本史最大の極悪人・謀反人なのか?

東洋医学史研究会
宇田明男






●光秀の戦略と大きな誤算
戦国の時代にあっては、武将同士の戦力そのものが互いに拮抗している場合が少なくなかった。
一方の武力が劣る場合は人質を交換したり、あるいは血縁関係を結んだ上で緊密な同盟関係を確保して相対的軍事バランスを保ったわけである。
こうした領国周辺諸国との対外的交渉や戦略的な状況判断の成否がその後の弱小大名の命運を大きく左右していった。
いうなれば抜きん出た軍事情報の収集力と情勢把握能力とがもっとも必要とされた。
それがいわゆる戦国特有の諜略の根幹でもあった。
光秀とて戦国武将として諜略そのものは可能な限り駆使したはずである。
しかもそれはどこまでも主君信長の意向に即した諜略であって、織田家家臣として成すべき当然の常套手段に他ならなかった。
同様に己自身の出世と保身ということでは、主君信長に対してもそのすべてが主従関係の上において注意深く講じられていた。


フロイスがいうように光秀は「計略と策略の達人」であったのだ。
そうした自他共に認められるだけの稀代の策士であった光秀だけに、本能寺での謀反劇においても周到な計画があったはずである。
「計略と策略の達人」である光秀は、朝廷やそれを取り巻く公家衆らとは特に良好な関係を保っていた。
それがもっとも重要な情報戦略であると当時の光秀自身も考えていたはずである。
そうであれば、もっとも多くの戦略的情報もそこから逐一もたらされ続けていたという事にもなる。
本論冒頭で、激しく台頭していく信長の治世を望まない者が少なからずいたことには触れた。
それは臨戦態勢にあった周辺諸国の大名はもとより信長と対立する宗教界、さらには朝廷の威信をも脅かす言動も信長にはあったから当然のことであった。
謀反前に光秀が掌握していた戦略的情報そのものに、そうした反信長的なものが少なからずあったのではないか。


それを光秀自身はどのように分析評価していたのかが問題である。
このときの光秀の内面で謀反という行動を決意させた決定的な要因があったとするなら、一体これはどのような情報を足掛かりにして出されたのかということである。
これがもっとも気になるところである。
謀反に至った経緯を考える上では、そうした側面にも考え及ぶ必要があろう。
しかも当時のようなある種閉鎖された戦国という過酷な時代背景にあっては、己がどのような立ち居地に身を置くかによって耳に入る情報そのものの評価も比重もまったく異なったものにもなり得る。
まさにどの情報をもっとも重要視してとらえるのか、さらにはどのようにそれを己の戦略に組み込んでいくのかということである。
光秀の場合は、そこに織田家重臣としての立ち居地と武人としての立ち居地が、それぞれ二つの思惑があり得たということになる。
そしてそこにこそ光秀を行動に駆り立てた情報戦略そのものの存在が確かにあったことになる。


光秀は外交面でも終始朝廷や公家衆に近い立場にあった。
それだけに光秀自身は、より多くの旧来勢力側の反信長の意向に触れ続けていたことになる。
もとよりそれは朝廷側の意向そのものでもあったわけで、光秀を取り巻く知識階層や当時の公卿衆との間ではそうした認識を隠し持ったまま接していたことになる。
そしてここでの反信長の情報の類は、政治工作に長けた公家衆によって武将光秀へ巧妙なかたちで伝わっていた可能性はある。
つまり、それが他方から見た時代の趨勢であるが如くしきりに光秀に吹聴されていたのであれば、謀反に繋がる戦略的判断材料に十分になり得た。


一見些細なことに思えるが、このことが光秀の武将としてのバランス感覚に変化をもたらせた可能性があったとみてもおかしくはない。
日々彼らの密やかな声を耳にし、光秀の心のうちには次第に信長を倒すという使命感が生じていったことにも繋がる。
それらの情報をいかように取捨しようと光秀の勝手である。
天下布武の野望に燃える信長をここで排除するということに、光秀自身の武人としての意地が一気に吹き出たともいえる。
光秀自身の武人としての意地が何なのかについては後で触れなくてはならないのだが、謀反に至る状況を辿っていく上では光秀自身の情報処理の偏りや「歪さ・いびつさ」があったとみている。
何故それが「歪さ」だといえるのか。
そうした「歪さ」の根拠とは一体何なのかということになってくる。
少なくともこうした織田信長を排除するという意識なり戦略そのものは信長に敵対する勢力側の発想でしかない。
光秀は信長の押し進める戦略をここにきて否定しさったのであった。
逆に織田家内部のそれも重臣の一人から企てられたことの意外性が「歪さ」の本質として捉えられてくるはずである。


結果的には光秀の企てそのものに対して賛同する勢力が殆どいなかった状況からみてもそう判断せずにはいられない。
そこに「歪さ」がある以上、事件の経緯が釈然としないのである。
もしこれに事前に黒幕や共謀者が居たというのなら、信長を倒した直後に光秀のものにすぐさまそうした賛同者が馳せ参じて当然であろう。
肝心の信長暗殺が成就した以上、そこで次なる実効性のある俊敏な行動をためらうことなどまず考え難いことである。
そうなると光秀がかって仕えた将軍義昭さえ共謀者ではありえない。
事実、光秀の娘の婚家先である与力の細川家(12万石)さえ共謀者ではありえなかった。
それほどに光秀の謀反そのものは、突発的であって周囲に政治的期待感をもたらさなかった。
それはまず明智光秀が城持ちとはいえ、織田家家臣団の一武将に過ぎなかったからである。
その軍団も織田家の遊軍であって、戦力からみてもそれは決して十分な兵力であったとはいえまい。
そうした弱小勢力に加担していって、その後の展開にどれだけの勝算があるかは冷静に分析すれば容易に判断できることであった。


少なくとも光秀としては、事を起こすのであれば織田家軍団の過半を確実に掌握しておくことが必要であったろう。
わずか1万数千の寡兵で事を起こしたとなると、やはり光秀の謀反そのものは奇異にさえ見えてくる。
もとより軍事的強大さが前面に出せないのであれば、この光秀の謀反劇の推移は非常に危険なものになる。
事件に対する周囲の驚きと戸惑いは光秀の与力衆さえ同様であって、光秀に同調することはなかった。
何故なら光秀の行動そのものが余りにも「歪・いびつ」だからである。
光秀がもっとも接近したがったこのときの朝廷の動きも冷静であったし、彼の檄文に応えてはせ参じる有力な武将も限られていた。
光秀が予想した展開とは違っていたわけで、明らかに事前に押さえておくべき戦略的情勢判断が出来ていなかったことになる。





この稿続く









参考資料:
「完訳フロイス日本史」(中公文庫) ルイス フロイス (著) 松田 毅一 (翻訳) 川崎 桃太 (翻訳) 全12巻
 1 織田信長篇Ⅰ「将軍義輝の最期および自由都市堺」(中公文庫,2000年1月)
 2 織田信長編Ⅱ「信長とフロイス」(中公文庫,2000年2月)
 3 織田信長篇Ⅲ「安土城と本能寺の変」(中公文庫,2000年3月)
「織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで」 (中公新書) 谷口 克広 (著) 2001
「信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学」 (講談社学術文庫) 藤本 正行 (著) 2003
戦国群雄伝 信長 秀吉 毛利 世界文化社 1996年
戦国京都・王城の地150年の英雄たち 1994年 学研
「戦国武将の参謀と異形の頭脳集団」 歴史と旅  秋田書店 1999年
「徳川創世記 家康・秀忠・家光の野望」歴史読本 1998年
「戦国武将一〇四傑」 別冊歴史読本94 新人物往来社 1998年
「秀吉天下人への道」 歴史読本 新人物往来社  1995年
歴史群像 明智光秀の野望 1992年12月号 学研
日本史史料集 笹山晴生 五味文彦 吉田伸之 鳥海靖 山川出版社 1994
日本史用語集 全国歴史教育研究協議会編 山川出版社 1994
図説日本史 啓隆社 1999
裏千家茶道のおしえ 千宗室(著) 日本放送出版 1979
「堺」豊田武(著) 至文堂 1957
「戦国武将ものしり事典」 奈良本達也監修 初版主婦と生活社  1993
戦国史新聞・乱世をスクープ! 戦国史新聞編纂委員会編 日本文芸社
「不思議日本史・歴史のウラが見えてくる」 南條範夫監修 主婦と生活社 1988 
信長と家康: 清須同盟の実体 (学研新書)
戦国の軍隊: 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢
織田信長のマネー革命 経済戦争としての戦国時代 (ソフトバンク新書)
信長が見た戦国京都 ~城塞に囲まれた異貌の都 (歴史新書y)
戦国関東の覇権戦争 (歴史新書y)
信長軍の司令官―部将たちの出世競争 (中公新書)
上杉謙信の夢と野望 (歴史新書y)
信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 (中公新書)
関東戦国史と御館の乱 ~上杉景虎・敗北の歴史的意味とは? (歴史新書y)
長篠の戦い (歴史新書y)
大航海時代叢書〈第11〉日本王国記・日欧文化比較 アビラ・ヒロン (著), ルイス・フロイス (著) 岩波書店 1965


 







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