「こころの休憩室」


九州歴史発見シリーズ
九州から本能寺の変を考える(7)


東洋医学史研 究会
宇田明男



●本能寺の変に対する評価とは何か?
本能寺の変に対する評価は、事件の後の豊臣秀吉の天下盗りによって都合よく、且つ徹底的に改竄されていったことであろうことは想像に難くない。
天下人まで上り詰めた秀吉の治世ではいかようにも情報操作が加えられるわけで、それ自体はしごく当たり前のことであった。
増してや光秀の謀反そのものは織田家のお家騒動であって、その主殺しの顛末を織田家中で勝ち残った秀吉がいか様に喧伝しようと彼の勝手次第である。
それこそ誰も表立って異を唱えることはできなかった。
そこには主殺し、謀反人の光秀を正面から弁護する余地など微塵もなかったであろう。


翻って一方の武将家康の立場からみれば、光秀の謀反の背景そのものはまったく違ったものに見えていたはずである。
いうなれば中立的な第三者としての目線で本能寺の事件の全貌を真正面から評価分析することが出来たはずである。
家康自身も奇しくもこの事件に遭遇したわけであるから、そうした状況分析は独自に成し得るだけの情報は十分に揃っていたことは確かである。
表向き、義兄であり盟友でもある信長が倒れたことは家康にとっては相当な驚きではあったであろうが、当然戦国の軍事バランスが大きく揺らいぐという状況把握がまず真っ先に彼には認識されていたことになる。


それが戦国の世を生きる武将として決して避けることの出来ない非情な宿命でもあった。
家康が戦国の世に台頭していった背景には、武辺の者としての矜持を頑なに堅持していったからである。
その姿勢を幼少より家康の境涯を見知っている戦国の覇者信長は、同じく武門に繋がる武士(もののふ)として高く評価したのである。
領国が隣接していながら猜疑心の強い信長を相手にした緊密な盟友関係というものは、当時としてもきわめて特異なものであった。
信長は家康の武将としての力量をそれだけ高く評価していたわけであって、少なくとも家康の武辺の者としての意地が信長に認識され受け入れていたことになる。
他国を侵略し勢力を急拡大し続ける信長がそうした盟友としての家康の助力を必要としていたということでもある。
ここでは武人としての両者の戦略がうまくかみ合ったということになる。
家康はそれに対してどこまでも信長に対して律儀に振舞っていった。
それは家康の武人としての基本姿勢であって、家康の卓越した生き残りの戦略でもあったといえよう。
家康にとってそれが唯一の活路であったということである。
それだけに光秀の突然の謀反は家康にとってそれまでのすべての軍事バランスを瓦解させたも同様であった。
そうした状況に武人家康はどう対応したかである。


秀吉が瞬く間に天下取りを達成していったわけであるが、ここでも家康は終始武辺者としての意地をしたたかに示している。
こうした家康をみていくと、光秀の謀反に対して秀吉とはまったく異なる評価をしていたはずである。
そう考えざるを得ない。
後世の有名な狂歌に「織田がつき、羽柴がこねし天下もち、すわって食うは徳川家康」というのがあるが、まさしくこれである。
家康にはそうした覇者としての運命的なめぐり合わせを心情的に感じ取っていたであろうし、武人としての穿った認識があったということになろう。
家康の処世観はどこまでも武辺者の気概としたたか過ぎるほどの意地を示してきている。
家康は秀吉の治世下でも多くの大名からそうした武人としての姿勢を高く評価されていたことは否めない事実でもある。
こうした考えに立ってみると武将家康の律儀さがいよいよ際立って見えてくる。
やはり光秀は天下に最大級の馳走をしたことになる。
いうなれば、明智光秀、さらにはその家臣らの働きは徳川家康を十分に馳走しているのである。
もとより光秀の行動をすべて無謀な暴挙とみなすのであればこうした考えには到底至らない。
家康の武辺者としての律儀さからいけば、何はともあれ光秀の決死の戦闘行動がなかったのであければ、とうてい家康の天下などはとても望め得なかったことになる。
そのきっかけを光秀主従は用意してくれたということである。


●光秀の饗応ですべては決まった?
光秀と家康とが饗応の席で対面したときどのような展開があったのであろうか。
両者が親しく言葉を交わしたとなると、ここから先には予想外の興味深い進展があったことが窺える。
この場が両者の初対面ということではなく、それまでにも相互に挨拶は交わしたことは幾度かあったはずである。
光秀は終始洗練された武人としての作法で接したであろうし、家康は家康で武辺者としての律儀さでそれに応えたと思われる。
端的に言えばこうである。
光秀は、もし出来ることなら家康のような度量の大きな武辺者の主君に仕えたかったと考えたであろうし、相手の家康は光秀のような素養豊かな武人を側に置きたいと思ったはずである。
そういう意味でもこの饗応の席での両者は互いに好感を持ったことであろう。
共に相手を誇り高い武人としての立場を理解し得たわけである。


それぞれの立場は違っていても彼ら二人は猜疑心の強い冷酷な信長の影響下に居るわけであって、共通する鬱屈した心情を持ち得たとしても不思議ではなかった。
後に家康をして光秀の謀反の背景と武人としての心情とを深く理解していたであろうことがここでは改めて浮上してくる。
これは光秀と家康とが共謀していたとか事前に謀反を知らせていたとかする単純な発想とは異なるものである。
むしろそこには切羽詰った戦国の武人としての意地が見え隠れする。


俗説にあるように後に天下を取った家康は光秀にどこかで恩義を感じていたわけで、だからこそ孫の三代将軍家光の「光」の字は光秀の名から取ったのだといい、あるいは死後家康が葬られた日光東照宮の「日光」の「日」は日向守から、「光」は光秀の名からそれぞれ取ったのだというのである。
さらには光秀の縁者と思われる高僧天海を重用しただけでなく、家臣斎藤利三の娘お福、後の春日局を幼い家光の養育係に選んだのも家康のそうした光秀主従へ向けらた想いの表れだといわれる。


家康は謀反人光秀の行為を表向き評価はしていないが、結果的には彼らを傍に置いて優遇していることは明らかである。
そこにこそ家康の戦国武将としての律儀さがもっとも現れているというべきであろう。
武辺の者の働きに対しての恩賞はもちろんであるが、相手に馳走されればそれに対してそれ相応の馳走で応えるのが武門での礼儀作法である。
織田家への謀反であったたとしても、家康が光秀から最大級の馳走をされたことはどう見ても間違いないことであって少なくともこれをすべて無視することは出来なかったことになる。
後年家康自身が光秀からそうした格別な運命的な饗応を受けたと自覚していたことに他ならない。
それは武辺の者としての家康の当然の受け取り方であって他者には何の関係もないことである。
武門であることに誇りを持つ律儀な家康であれば、滅びた光秀主従に対しての対応はしかるべきものがあったということである。
そしてこのことは取りも直さず家康が光秀の謀反の理由にまで思い至っていたということになる。



(2013/12/24)




(この稿続く)


参考資料:
「完訳フロイス日本史」(中公文庫) ルイス フロイス (著) 松田 毅一 (翻訳) 川崎 桃太 (翻訳) 全12巻
 1 織田信長篇Ⅰ「将軍義輝の最期および自由都市堺」(中公文庫,2000年1月)
 2 織田信長編Ⅱ「信長とフロイス」(中公文庫,2000年2月)
 3 織田信長篇Ⅲ「安土城と本能寺の変」(中公文庫,2000年3月)
「織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで」 (中公新書) 谷口 克広 (著) 2001
「信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学」 (講談社学術文庫) 藤本 正行 (著) 2003
戦国群雄伝 信長 秀吉 毛利 世界文化社 1996年
戦国京都・王城の地150年の英雄たち 1994年 学研
「戦国武将の参謀と異形の頭脳集団」 歴史と旅  秋田書店 1999年
「徳川創世記 家康・秀忠・家光の野望」歴史読本 1998年
「戦国武将一〇四傑」 別冊歴史読本94 新人物往来社 1998年
「秀吉天下人への道」 歴史読本 新人物往来社  1995年
歴史群像 明智光秀の野望 1992年12月号 学研
日本史史料集 笹山晴生 五味文彦 吉田伸之 鳥海靖 山川出版社 1994
日本史用語集 全国歴史教育研究協議会編 山川出版社 1994
図説日本史 啓隆社 1999
裏千家茶道のおしえ 千宗室(著) 日本放送出版 1979
「堺」豊田武(著) 至文堂 1957
「戦国武将ものしり事典」 奈良本達也監修 初版主婦と生活社  1993
戦国史新聞・乱世をスクープ! 戦国史新聞編纂委員会編 日本文芸社
「不思議日本史・歴史のウラが見えてくる」 南條範夫監修 主婦と生活社 1988 
信長と家康: 清須同盟の実体 (学研新書)
戦国の軍隊: 現代軍事学から見た戦国大名の軍勢
織田信長のマネー革命 経済戦争としての戦国時代 (ソフトバンク新書)
信長が見た戦国京都 ~城塞に囲まれた異貌の都 (歴史新書y)
戦国関東の覇権戦争 (歴史新書y)
信長軍の司令官―部将たちの出世競争 (中公新書)
上杉謙信の夢と野望 (歴史新書y)
信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反 (中公新書)
関東戦国史と御館の乱 ~上杉景虎・敗北の歴史的意味とは? (歴史新書y)
長篠の戦い (歴史新書y)
大航海時代叢書〈第11〉日本王国記・日欧文化比較 アビラ・ヒロン (著), ルイス・フロイス (著) 岩波書店 1965


 







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