「こころの休憩室」


証人喚問だって!、てんで覚えちゃいねえ!、不覚の話


玄関の戸を開ける気配がしたかとおもうと、すぐにどどっという何かが倒れるような 大きな音がした。

行ってみると、ぐでんぐでんに酔っぱらった友人が三人、重なるようにしてぶっ倒れ ている。

大家に見つかるとうるさいので、一人づづ玄関脇の自分の部屋に引きずっていったが、 その重いことといったらなかった。
しばらく並べて寝かせておいたところ三人とも気分が悪くなったらしく、交互に縁側 の方へ這っていって嘔吐しはじめた。

翌朝は多少二日酔い気味ではあっても、皆おもしろおかしく昨日のことを話しはじめ たが、どうしたことか飲み屋から出てから後の記憶がてんでないというのである。

しかもである、帰りの電車賃までもすっかり使い果たしてしまっていたのに、どうや ってここまで辿り着いたのか不思議でならないという──。

これは学生時代の他愛ない思い出の一場面であるが、酩酊が過ぎるとよくこのような ことがあるものである。
昔から浮世の憂さ晴らしということでは、酒は人間にとってなくてはならないもので あった。

それだけに江戸時代など、時代背景や環境といったものに対して精神的不平や不満が 鬱屈してくると、どうしても酒に走ることが多かったのではないかと思う。

特に昔は今と違ってこれといった娯楽も少なかったし、いわゆる封建制度の厳しい社 会体制のもとでは多くの庶民が鬱屈した精神状態に置かれがちであった。
だからどうしても憂さ晴らしの飲酒量が多くなり、やがて体をこわす原因になったの である。酔っているあいだは日頃の不満や不安から逃れられると、それこそ前後不覚に なるまで呑み続けるということが多かったわけである。

これが毎日のように続くとやがてアルコール依存症とか慢性アルコール中毒、肝臓・ 胃腸障害が出てくるようになるし、やがて精神にも異常をきたすようになる。


正徳二年八月二十七日に次のような飲酒が絡んだ出来事があった。

 互いに酒好きで仲のよい只介と彦六という二人の武士が犬山で刄傷事件を起こしたの である。

木曽川辺まで遊びに行ってしたたかに呑んでの帰り、ぶらぶらと街道を歩いているう ちに、酩酊している彦六がいきなり刀を抜いて只介の腕に切りつけた。
ところが只介も泥酔しているのでこれに気付かない。そのまますたすた歩いているう ちに、腕から流れる血に驚き、「ややっ、汝はわれを切りたるか」と只介が叫んだ。

しかし泥酔のあまりこのことも、ふっつり忘れて、ぶらぶらと二人とも並んで歩いて いってしまった。

 そして今度は急に思い出したように只介がふらつきながら抜刀し、彦六の顔面に切り つけ、切っ先が伸びて股までも切り削いだ。彦六はそのまま路上にどおっと倒れたが、 只介もよろめきながらそのまま倒れ込むと、鼾をかいて眠り込んでしまった。
しばらくして目を覚ました只介が、「──やれ彦六なんぞ臥したる、日も晩れなん、 早く帰るべし」と言うと、彦六は草臥したまま起き上がれずに、「汝は先へ帰るべし」 と言う。

それで只介はそのままふらふらと帰っていってしまった。血まみれになった彦六のほ うは百姓に介抱され、駕籠で家まで運ばれたが疵がひどく二、三日後死亡した。

以上は尾張藩の御畳奉行の日記に記録されている事件であるが、これに類似した奇妙 な事件がもう一つ元禄六年六月二九日の条にも出てくる。

「頃日、御納戸に中間三人伏し居りたり。夜半に一人の男、夢を見たりけん、ふと起き あがり、脇指を抜きて一人の男の首を切り落とし、また熟眠す。ややありて一人の男血 腥きに目を覚まし、火を点しみるに、一人の男の首切り落とされ、湧血狼藉たり、大い に驚き、熟眠したる男をおこし、何が故ぞと責め問う。かの男も是をみて驚く。夢に汝 等我を切るゆえ、抜き合わせしと覚えて、その後は知らず、夢中に切り殺したるかと。終に籠(牢)に入る」、とある。

これらの事件は記録として残されているだけに、当時としても特異なものであったろ う。

やはり泥酔しての刄傷事件といってもやはり尋常ではないし、睡眠中に夢と現実が 混同してしまうなど、錯覚というより錯乱に近いものだし、不覚の最たるものである。

こうした事件の様相からして、多分に当時の人々が何かに抑圧されたり、鬱屈すると いった過酷な状況下に置かれていたような気がするのである。
これらは所謂、発狂・精神異常とはいえないまでも、心身症、神経症といったものが 背後にあるのかもしれない。

文政年間の『甲子夜話』(松浦静山)に、「人事の世に従て変ずるは勿論なり。疾病 もその時世によること一つなり。年若きものの陽症は発狂の如く、陰症は健忘労〓の如 く、一種の疾あるを押しなめて、癇症とすること、近世の事なり」、とあるように精神 の病をこの時代には心・気の乱れとして認識していたのである。

では癲狂・癇症とは何か。『病名彙解』(蘆川桂洲)には次のように書かれている。

「癲狂・俗に云ふきちがいなり。癲と狂と少しく異なることあり。入門に云ふ、多く 喜ぶを癲とし、多く怒るを狂とす。喜は心に属す。怒るは肝に属す。
癇症・俗に云ふくつちがきなり、癲癇と連ねても云へり。大人のを癲と云ひ、小児の を癇と云へり。それ癇症は時に作り、時に止む。その癲狂の心を失して妄りに作り、久 を経て癒えざる者と、もと一類にあらず」、と書かれている。

酒をたらふく呑んで前後不覚になったり、証人喚問で都合よく健忘症になったりする ものは、こうしたものの範疇にもちろん入らない。

          (1・9・9)




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