九州郷土史ネット資料館・トリカブト・自然毒・鴆毒

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古今東西の毒殺事件を探る(6)


トリカブト・自然毒・鴆毒の話

東洋医学史研究会
宇田明男

随分昔のことであるが、山菜と間違えてトリカブトの葉を味噌汁の具にして一 家が中毒死するという事件があった。近年にも東京の中華料理店の店主が、送 られてきたトリカブト入り「葛餅」を食って中毒死するという事件があったし、 保険金目的に妻をトリカブトで毒殺したというような忌まわしい事件もあった。
トリカブトという植物の根は加工されて「附子」として漢方薬の処方や毒矢に使われ る。アルカロイド系(アコニチン)の猛毒が含まれるだけに当然取扱には注意がいるわけであ る。


テレビかなんぞのサスペンス物か推理ドラマを彷彿させる毒殺事件ではあるが、 以前テレビの「警部コロンボ」を見ていたら、河豚毒(テトロドトキシン)を ワインに混入させている場面があり、これも毒殺を謀ったものであった。
自然界にある毒物を使っての殺人は、有史以前から随分あったようで、中国で は古来よりもっぱら鴆毒が使われた。歴史書にも度々登場する有名な毒物であ る。
鴆毒といえば暗殺用に使われた鴆酒がある。これは毒鳥といわれる鴆という鳥の羽を酒に浸して数回掻き回すだけで簡 単に出来上がるという。
これを飲んだ者は、たちどころにして絶命するらしい。 何でも鴆にはそれほどの猛毒があるということで古来から知られていた。
鴆という固有名詞や漢字があ るのだから実際に生息していたのであろうが、どんな鳥なのか残念ながら小生は見たこと はない。
中国の『三才図絵』や『本草綱目』あたりにその絵図は紹介されていると思う が、何でも広東省や江西省に生息しているキジ科の鳥で、形は鷹に似ていて首の長さ は七〜八寸、くちばしは赤く首は黒いということである。
肉にも猛毒があるといい食性は蛇を好物にしていて、獲物の蛇が石垣の間などに逃 げ込むと、それを引き出すのに石垣に糞を引っ掛けて石を砕くという。


蛇食い鳥の一種であろうか、そう聞くだけで何とも恐ろしげな怪鳥にみえてく るではないか。
実は鴆という鳥は中国の古い史書や文献には随所に登場するが、本当に実在していたのか疑問視されてきた毒鳥なのである。
この恐ろしい毒鳥は人々に忌み嫌われ、見つかり次第殺されてきたということで、中国大陸では相当早い時期に絶滅したとされていたわけである。
今でいう絶滅種であり、貴重動物ということになる。
ところが意外にも、羽に毒がある鳥は架空の生き物ではなく20世紀末になってニューギニアで偶然発 見され、権威ある科学誌「サイエンス」に大きく取り上げられた事実がある(写真参照)。
つまりこうした事例が出てきたことによって、古代中国大陸にこの種の鴆なる毒鳥が実在していたことの信憑性は一気に高まったというわけである。

暗殺目的の毒薬ということでは、「ボルジア家の毒薬」というのが西洋ではことのほか有名である。そういう題名の西洋映画が随分前にあった。
チェーザレ・ボルジアが登場し、彼が手にする毒薬は確か「カンタレラ」という名前であった。
名前から察するに恐らくカンタレルスが含まれているハンミョウという昆虫毒が 使われていたか、もしくは猛毒の砒素が主成分だったのかもしれない。
とにかく、この毒薬が権勢欲の渦巻くルネッサンス時 代の暗黒の世界で度々暗殺に使われた。


昆虫毒といえばハンミョウであるが、これは江戸時代薬種商が薬剤として扱っていて砒石などと同様に劇 薬として販売先をいちいち確認していた。(漢方薬としてもっぱら水腫の治療に使わ れた)
当時、本当にハンミョウの毒などを使って夫の毒殺をたくらむ女房もいたらしく、そ うした逸話も残っているし、巷では密かに財産を狙っての毒殺事件も少なくなかったようで ある。
『道徳塗説』に紹介されている江戸時代の話であるが、下谷の源助店の長助と いう独り者はある日深川八幡の富籤を一枚買った。現代の自治宝くじと思って もらえばいい。これがなんと一等百両に当たった。

生まれてはじめて百両もの大金を手にした長助は飛び上がって喜んだ。長助 は百両のうちまず二十両をしきたりどうり神社に奉納した。二日目、六十両を 町役の大家に預けて、やっとどうにか落ち着くことができた。
三日目、残りの二十両を持って出掛け、仲間内の借銭、義理もすませた。そし てこの日浅草まで足をのばして、日ごろ口にしたこともないような御馳走を鱈 腹食って長屋に帰ってきた。残りの三両を神棚に上げて、その晩はぐっすり眠 ったのであるが夜中にいきなり叩き起こされた
「百両、そっくり出してもらおうか」と、押し入った三人の賊に長助は短刀を 突きつけられたのである。実はこれこれしかじか、残りの三両は神棚に、と長 助は震えながら答えた。たったの三両ときいて賊たちは拍子抜けしたが、土間 近くに置かれていた祝い札の付いた上等の角樽をそのうち見つけた。
三両を仲良く山分けして、賊たちは祝杯を上げることにし、残らず飲み干して しまった。 翌朝、大騒ぎになった。長助の長屋近くで風体人相のよくない男 達が、三人冷たくなって転がっていたからである。間もなく長助は助け出され た。そして角樽の酒が毒入りであったことも判明した。
この角樽は源助店の大家からの到来物であった。長助から預かった六十両を着 服しようとくわだてた大家のたくらみと知れたわけである。直ちに大家は補縛 され入牢、長助は町内預かりとなったという。

一般庶民でもこんな具合であったから、大名家や古代の王宮では毒殺を恐れて 常時お毒味役が傍に控えていたらしい。それでもときには巧妙な方法で毒殺される危険性はあった。ローマ皇帝 ネロが暗殺した異母兄弟のブリタニクスの場合などがその好例である。
豪華な食事の席でブリタニクスが好きなスープが出された。 傍に控えていた毒味役の奴隷が試食した後に、その湯気の立つスープ状の飲物をブリタニクス に差し出すと(猫舌の彼は)まだ熱かったので、顔をしかめて再び奴隷の手に 戻した。
この一瞬に素早く毒物が混入されたのである。少し間を置いてそのスープ皿はブリタニクスに渡されて、そのまま口にした。
しばらくしてから、ブリタニクスは食事中にいきなり持病の癲癇発作に紛らわしい倒れ方をしてその場で悶死したという。
日ごろから用心深く対応している者でも一瞬の隙を衝かれれば、ブリタニクスのようにあっけなく命を落とすことになる。

フランスのブルボン王朝の祖となったアンリ四世は毒殺を恐れて、いつも自分 でセーヌ川に水を汲みに行き自炊で卵をゆでていたという。
というのはアンリ四世は毒殺未遂事件も含めて生涯に十七回も暗殺の危険にさ らされたというから、安易に毒味役を置くなどという悠長なことはしておられなかっ たのである。とにかく身の安全を考えると、まず自分が口にする食べ物の安全性を充分に確かめなくてはならず、細心の注意を払いながら自前で不慣れな調理もやっていたというなのことである。


こうみてくると、まず食いしん坊やグルメ嗜好の美食家は王座に長く座り続けることは無理というものである。
権力の座にながく居続けることは実に大変なことである。あの有名な英雄ナポレオンもセント・ヘレナ 島で、最後は毒殺されてあえ無く終わったのである。

有名なイギリスの科学雑誌『ネイチ ャー』に発表されたところによると、残さ れていたナポレオンの頭髪には常人の十三倍の砒素が含まれていたことが確認 されたということであったが、20世紀後半になって次々と新説が現れて最近の歴史学者の研究によると、ナポレオ ン毒殺はそれまでの定説とは異なり政治的なものではなく、意外にもナポレオンの人妻との不倫が背後に絡んで いたという異説も出てきてここらは最後まで英雄的?であったというわけだ。──


昔から中国では猛毒の砒素を医療分野で使って白血病の治療を行っていた。
これに注目したアメリカの癌センターが砒素をベースにした薬剤を急性前骨髄性白血病に投与したところ非常な好成績を上げたということで、現在米国では白血病の治療薬として承認されている。
これと繋がるのかどうか分からないが学生時代、症候概論担当の教授(医学博士)から、微量の砒素の投与は小児期 の虚弱体質を改善し免疫力を強化する働きがあるということを聞いたことがある。
トリカ ブト,ハンミョウ同様、毒も使いようということであろうか。



(01,11,14)










東洋医学史研究会ではボランティア活動の一環として、グループ内で代替医療関係の情報を提供いたしております。

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