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◎新鮮な臓器、人胆丸、生き胆が欲しいーの話


子供の頃、夕方遅くまで遊び回っていると怖い人に生き胆を取られるよ、と脅 かされていた記憶がある。
お年寄りの話によると、一昔前まで、人の内臓を盗み取るのが目的の殺人が本 当にあったということである。


どうも鎌倉時代以前からそうした無知と迷信に取り憑かれた殺人者が度々横行 していたらしいのである。
人の生き胆を取るなど猟奇的で身の毛がよだつが、何でもそれが病気治療の奇 薬に利用されたということらしい。


その上、それで何らかの取引もあったということになると、当方としては思わずぐ っと身を乗り出してしまうわけである。
もちろん東洋では植物だけでなく、古くから動物性生薬も治療には使われていた。


犀角、鹿茸、虎骨、オットセイの一物、蛇、それに熊胆などである。 江戸中期の古方派・医師後藤艮山はこの熊胆丸を処方して手広く売り出したので有名 になったという。


とにかく熊の胆は高価なもので同じ重さの金と取り引きされたというから、相 当な高貴薬であったろう。 何でも激しい痛みをともなう胆石、胆嚢炎、胃潰瘍の鎮痛、鎮静に著効があるという。


では人間の人胆は一体何に効能があるというのか。 おそらく当時の「不治の病」といわれるものに対してではないかと思うのだが、こ れに関して一つだけ確かな歴史的史料がある。





江戸時代の有名な首斬り役人であった山田浅右衛門は徳川家の御佩刀御試御用 役でもあったが、刑死者の生胆を貰い受ける特権があり、それで自家製の薬を作って売 ったということである。


人間の胆は労咳(結核)にきくといい、こちらは「人胆丸」と呼ばれ高価な薬 であったが、これ自体の出典根拠は大陸や印度から伝わった仏教説話に繋がっていくようである。


当時山田家は試刀の礼金や刀剣鑑定料といった副業もあったが、この「人胆丸」の売薬でその財 力は万石の大名に匹敵するといわれた。
原材料は役得ですべて只同然だから、それこそ丸儲け である。


因みに名人とうたわれた八代目吉亮は三百の首をその生涯に斬り落としたとい うから、「人胆丸」も相当量市中に出回ったことであろう。


一応こちらは合法的に人胆が使われ売買されたことになるが、常に供給不足であ ったことは察しがつく。
そうであるとなると結局この時代には合法、非合法の「人胆丸」が存在したということになってくる。当然、偽物もあったであろう。


ここに、冒頭で紹介したような猟奇的事件が発生する背景があったことは想像 にかたくない。


ところが、 こうした事象は過去のこととばかりとはいってはおれないようなのである。





現代医学の進歩のもとでは、いまや人体の内蔵諸器官はパーツとしての「取引 」が可能な時代が到来したのである。


昔も今も人間の要求は変わらない。人間の臓器であろうと、生き長らえるために必要であればどこからか市場原理に突き動かされた需要が自ずと出てくる。
そこには、人間の臓器を求めてでもしてどうにかして生き長らえたい、生かせたい命があるという方便である。
医療も関連法規もそういう方便で整備されてくる。つまり臓器移植法がそれである。
経済的に疲弊している後進国ではそうした需要 に答える貧しい人々がいるし、暗黒の組織が影でうごめいてもいる。
生活苦から、自ら片方の腎臓や眼球を売っている貧民層の人も少なくない。
死刑囚の臓器パーツが商品化しているところもあるし、 臓器移植に金銭取引が絡んだ赤ん坊売買や誘拐事件がすでに欧米や中南米でも頻繁に起 こっている。





さてさて、一体どこからこのような臓器売買の発想が出てきたのであろうか。


まさか山田浅右衛門の「人胆丸」に刺激されてということではあるまい。
倫理的にもデリケートな問題であって、いきなり人体再利用といったら言い過ぎかもしれないが、どうやらそうした風潮が巷に徐々 に作られつつあることだけは確かである。


平和ボケの日本では想像もつかないが、とにかく治安の悪い国では死体がごろごろ転がっているのである。
日本では比較にならないほど、そこでは人命が軽視されており、やたら と殺人事件が多発しているわけである。


米連邦捜査局(FBI)の発表によると、アメリカでは一九九一年の殺人事件 による死者は二万四千七百三人であり、統計上は年々増加傾向にあるという。
それこそ世界一の銃社会であるから、1日平均32人もの市民が犯罪がらみで撃ち殺されるということになる。
銃社会は、当然これを享受し続けている。


同じ病院内で、救急で運び込まれた瀕死体があり、片方では新鮮な臓器パーツがあれば助かる命がある。


身近に新鮮な再利用可能な臓器パーツがあれば、需要は必然的に湧いてくるというべきであろうか。


一旦これが合法化されてしまえば、的確かつ迅速な処理と搬送システムの充実が計ら れ、情報ネットや供給体制が整えられることになる。
当然こうしたシステム化にはどうしても経済的負担と効率化が問題になる。
要は高額な負担経費さえクリアすれば実行可能である。
後 は搬送や医療専門チームといった採算コストを考慮した経済至上主義的システムに擦り変わっていかざるをえないと思う。


欧米にならった所詮臓器移植の合法化とはそういうものだと考えている。


もとより一般の健康保険の適応外であるから、移植にはべらぼうな費用が掛かる。


日本でも不動産や資産を処分したりして、そうした腎臓や心臓の新鮮な臓器パーツを求めて海外に行く人は後を絶たない。





福岡県久留米市・宇田整骨院・東洋医学 それこそ日本でも一昔以前までは売血という行為が、急場の糧を得るために巷で行われていたのも事実である。


余談であるが、中国の『清朝野史大観』という歴史を扱った書物をご存じであろうか。


これに食道楽で嬰孩肉(子供の肉)が好物の酷官の話しが出てくるのだが、雇った 料理人に人肉を平気で調理させていたということである。
そういう残酷なことがまかり通るというのが不思議であるし、またそうした嗜 好に応ずる残忍な供給自体があるということが意外でさえある。


それはその時代がそれほどに経済が疲弊し生活苦に喘ぐ貧しい人々が多かったということの 反証であり、非情にも子供を売らざるを得ない親が少なくなかったという過酷な事実を教えてくれるもので ある。


しかもこの話の場合は主役が官吏だけに余計に皮肉である。


欧米人が好んで使う高価な化粧品にも、後進国で堕胎された多くの胎児から抽出された成分が使われているし、高価な成長ホルモン剤とて原材料の出どころを追跡すれば同様であろう。
このように人間の要求とは、それこそどこまでも底知れぬものである。



以前あるSF映画の中で、食料供給の為に人間の死体が再処理分解されて食品に加工されてい くショッキングな部分があったが、その意外性の裏で何やら信憑性のありそうな展開にはっとさせられたことがある。


まあそうした発想からみれば、いまの時代には相当の距離があるとみることも できるのだが、一方で人間が死ねば粗大ゴミと化する時代がきているとするならば、 そうした未来社会の到来もただの空想とばかりいえなくなる。
臓器移植のための臓器パーツにJISマークや国際商標が添付される時代もそう遠く はないのかもしれない。




東洋医学史研究会ではボランティア活動の一環として、グループ内で代替医療関係の情報を提供いたしております。

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